ビター・レッスン その2
マフラーの悲劇
映像作品にだいじなものとして、「つながり(☆1)」というものがあります。ストーリーや映像の「つながり」のことです。
FBのお友達のような「人間関係のつながり」ではありません。
みなさんよくご存じかと思います。
テレビドラマの撮影というのは、一連のシーンでも、ひとつひとつのカットをバラバラに撮影していきます。だけど、すべてのカットは、前後関係がちゃんと「つながって」いなければならないのです。
例えば「表参道の喫茶店に主人公がはいる」というシーン。舗道から店に近づき、ドアを開けるまでは表参道ロケ。その後喫茶店の中は、スタジオセットでの撮影だったりします。このとき、喫茶店に入るまでの主人公がジーパンで、中にはいったら短パン、なんてことになったら大騒ぎです。(☆2)
しかしまさか、その大騒ぎが、このワタシに降りかかってくる日がくるとは...
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ある日の撮影のこと。
普段は、役者さんの扮装などについては、衣装さんや持ち道具さんに任せっきりの私。しかし、その日はなぜか、その役割まで私がやることになっていた。海外ロケのため、極度にスタッフ数が少ないので仕方ないのだ。現地の役者さんには、現地の衣装さんがついているのだが、日本から同行している役者さんの担当は、私もやらなければならないのだった。
「本番いきまーす」
「ヨーイ。スタート!」
大物俳優のNさんが、廊下の角を曲がってカメラのほうに駆けてくるシーン。本日のファーストカットです。
うまくいきました。
しかし、モニターを見ていた「記録さん(☆3)」のTさんの顔が「?」となった。となりのK監督となにやら話している。
「あれ、マフラーしてないじゃん?」
「え?」
「だってさー。3日前に、○○学校で、前のシーン撮ったときには、マフラー巻いてたよ。」
「あ、そうだよね。」
「ササキちゃん、マフラーは?」
その場にいた撮影スタッフが、一斉に私の顔を見る。
その時私は、おそらく顔面蒼白になって、立ち尽くしていたのだろう。
(オソロシすぎて、あまりよく覚えていない)
その大事なマフラーを、私はホテルに置いてきてしまったのだよ。
マフラーが無ければ撮影はできない。ホテルまでは、片道一時間以上かかるのだ。
どうしたらいいの?
誰かそのへんの人で、同じマフラー持ってる人いませんか?
いるわけがない。これはまずい。万事休すだ。
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この時、私の窮地を救ってくれた人がいた。
他でもない、かの大物俳優のNさんです。
「いいよいいよ。ササキちゃん」
「今度さ、またあの○○学校にいくでしょ。そん時にさ、俺がマフラーはずすカット撮ってもらうべ」
「そしたら、今日はマフラーしてなくともよかんべよ」
なんという天の助け。
Nさんが、そう言う以上、誰も反論はしません。その日は、マフラー無しで撮影を続行できたのです。
その時の私にとって、Nさんは本当に神様のような存在に思えました。
監督は「もう、ササキちゃんしょうがないんだから」と言いながら許してくれました。
しかし、今でもこの時のことを思い出すと、ぞっとします。
もしも、Nさんのフォローもなく、撮影が出来なかったとしたら、
私はこのプロダクションに大きな損害を与え、すっかり居場所を失っていたことでしょう。
ありがとうございます、Nさん。
だから、私はあなたの永遠のファンなのです。
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[ 今日の教訓です ]
マフラー一本とはいえ、おろそかにしてはならない。
明日の撮影に必用なものは、徹底的にリストアップして準備すること。
不安ならば、記録さんにも確認して、万全を期しましょう。
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[ オマケです ]
有名な映画で、「つながり」が間違っているシーンを紹介します。
[ その1]
スティーブン・スピルバーグ監督のデビュー作「激突」
主人公がドライブインで食事するシーン。コップの水をおいしそうに飲み干し空のコップを置く。
次のカットでは、コップには水が一杯になっている。
[ その2 ]
バリー・ソネンフェルド監督の「メン・イン・ブラック」
トミー・リージョーンズが駅のロッカーに、腕時計を置く。
次のカットで、ロッカーの中には、ウィル・スミスの時計が置かれている。
いずれのシーンも、ほとんどの人は、その間違いに気づきません。
ストーリーの流れが、あまりに見事なので、つながりミスが気にならないのですって。
ある意味で、さすがですね。
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☆1:英語では「Comtinuity(コンティニューイティ)」と言います。
☆2:持ち道具や衣装を管理するスタッフの仕事は、毎日毎日、神経をつかう大変な仕事です。
☆3:スクリプターといって、撮影したカットについて細かく記録をとってくれている人です。